「不断の努力」を考える

みなさま、大西連です。

2015年の最後のエントリーとして、11月に法学館憲法研究所というところに寄稿したエッセイをアップします。

大晦日の本日、僕自身は「ふとんで年越しプロジェクト」の活動中です。「ふとんで年越しプロジェクト」では、年末年始に生活に困窮し、住まいを失った人へのシェルター提供などをおこなっていますが、女性や病気や障がいをもっているなどの、さまざまな困難さを抱えた人たちと多く出会い、彼ら・彼女らをシェルターで受け入れています。

彼ら・彼女らは、なぜ、年末年始に路上に出てこざるを得なかったのか。もちろん、さまざまな背景があり、一概には言えませんが、必ずしもその人に責がある要因ばかりではないのは事実でしょう。社会的な要因やきっかけを抜きに貧困を語ることは出来ません。そして、安易に自己責任で済ませてしまえるほど、貧困の実相は単純化できないものなのです。

日本の貧困問題をテーマに、生活困窮者やホームレス状態の人の支援に携わるなかで、私たち一人ひとりが「生きていく」ということはどういうことか。また、社会のなかで「生きていく」とはどういうことか。そういったことに直面し、考えさせられ、日々、壁にぶちあたります。

社会的な支えとして存在する社会保障制度等のセーフティネットは、必ずしも十分なものではありません。6人に1人が貧困(厚労省2012年「国民生活基礎調査」)と言われる日本で、むしろ、生活保護基準の引き下げなど、社会保障全体の削減傾向は顕著になっています。

くしくも、2015年は「安保関連法案」の是非をめぐって「憲法」や「権利」についての議論が盛んになりました。

2016年は、私たちの活動のフィールドの「生存権」についても、もっと多くの議論ができればいいなと思っています。

そんなこんなですが、2016年も、よろしくお願いいたします。

「不断の努力」を考える

大西連

2015年の夏は、もしかしたら「憲法」について、ここ数年で一番語られた夏になったのではないだろうか。

ことの発端は、6月4日におこなわれた衆院憲法審査会に呼ばれた憲法学者3人が「集団的自衛権は違憲です」とNOを突き付けたことにはじまるだろう。もちろん、それ以前にも集団的自衛権の行使や、与党が提出していた「安保関連法案」の是非をめぐって、さまざまな市民運動が反対の声をあげていた。「総がかり行動」や「SEALDs」など、国会前や官邸前では連日のように抗議活動や言論活動を展開していた。

しかし、この6月4日の憲法審査会を契機に、メディアも含めて日本の安全保障について、ひいては「憲法9条」についての議論が盛んになったのは間違いないだろう。国会周辺のみならず、駅頭や各地の集会場、職場や学校などにいたるまで、さまざまな場所で活発におこなわれた。

9月19日の未明に安保関連法案は可決成立したものの、憲法9条について市井でこれほど議論されたことは、今後の日本社会、特に市民運動や市民社会においては、大きな意味を持つかもしれない。

日本国憲法第12条に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」とあるが、まさにこの「不断の努力」が、よりいっそう大きな力をもって意識される時代になってきているのかもしれない。

そして、まさに、憲法について、立憲主義について、民主主義について、これほど提起され、議論され、語られたこの夏は、この「不断の努力」のスタートラインとなったともいえるだろう。

「安保関連法案」に関連した憲法9条に関しての大きな議論とまではいかないものの、10月28日に日比谷公園野外音楽堂において、憲法25条に関する集会がおこなわれた。

「10.28 生活保護アクション in 日比谷 25条大集会」と題されたこの集会は、「人間らしく生きたい」をテーマに、法律家や支援団体などのメンバーが実行委員会形式で開催し、私も呼びかけ人として参加した。

呼びかけ人には、支援団体のメンバー以外にも、ノーベル物理学賞の受賞者である物理学者の益川敏英博士をはじめ、芥川賞作家の平野啓一郎さん、経済評論家の森永卓郎さん、同じく荻原博子さん、作家の落合恵子さんなど、多くの著名人も名を連ねた。

当日は雨の天気予報で心配されたものの、あけてみれば雲も吹き飛び、約4000人が参加して会場をいっぱいにした。

集会では、2013年8月より段階的に削減された生活扶助(生活保護の生活費の基準)について不服として各地で声を上げている生活保護利用者をはじめ、それを支援する法律家、各党の国会議員がスピーチをおこなった。

生活扶助の引き下げに関しては、第一回の引き下げに対しては1万件以上、3回の合計で3万件近い審査請求(不服申し立て)がなされているほか、2014年2月の佐賀地裁を皮切りに、現在24都道府県で生活保護基準引き下げ違憲訴訟が提起され、立ち上がっている原告の数は800人近くに上っている(25条大集会HPより:http://25-action.net/index.html)。

憲法25条はいわゆる「生存権」と国の社会的使命について規定している。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」(日本国憲法第25条)

そして、この健康で文化的な最低限度の生活を保障するために生活保護制度が存在する。

「この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」(生活保護第1条)

そして、ここでいう「最低限度の生活」に関しては、その時々の行政判断で基準を策定し、生活保護制度を運用してきた。この基準の策定に関しては生活保護法第8条において「厚生労働大臣が定める」とあり、その是非について、基準の多寡についてなど、その時々で訴訟(朝日訴訟など)もふくめ、さまざまな議論があった。

しかし、たしかなことは、この憲法25条に規定された「生存権」のもとに作られた生活保護制度は、現在、全国で約217万人の生活を支え、そして、その基準額の増減は、彼ら・彼女らの家計に多大な影響を及ぼすものである、ということだ。

しかし、先述したように、2013年8月より、生活扶助基準は段階的に引き下げられ、平均で約6.5%削減された。約800人の原告がこの生活扶助基準の引き下げに関して違憲訴訟に立ち上がっているということ自体が、この引き下げが持つ意味、すなわち、政治的な判断によって果たして一人ひとりの「健康で文化的な最低限度の生活」が脅かされていいのかどうか、ひいては、「健康で文化的な最低限度の生活」をどう定義するのか、どのように保障していくべきなのか等の問いを投げかけている。

集会後には日比谷野音から銀座方面へパレードがおこなわれたのだが、その道すがら、ふと隣を歩く初老の男性のカバンを見ると、「9条守れ」と書かれたタグがぶら下がっていた。

「憲法9条」と「憲法25条」。一見、遠いようで実はつながっている。そして、むしろ、今こそ私たちの「不断の努力」が試されているのかもしれない。私にできることは何か。私の「不断の努力」は何か。じっくり考えたい。

大西連(おおにしれん)

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長、新宿ごはんプラス共同代表。ホームレス状態の人や生活困窮者の相談支援に携わりながら、日本の貧困、生活保護をはじめとする社会保障等についての発信や政策提言をおこなっている。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(2015年 ポプラ社)発売中です!→http://amzn.to/1hTcx65

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